上海−2002年秋


 2002年の10月22日から27日まで、17年(正確には17年と8ヶ月)ぶりに上海へ行ってきました。
すご〜く久しぶりなので、まずガイドブックやインタ−ネット、上海に駐在していた友人などの情報で、レストランなどをチェック。
今回の旅行は6泊5日と余裕があるので、蘇州や周荘へも行ってみました。

 ホテルを予約した日本の旅行会社の手違いで、お金を払ったのに予約が入ってない・・・おまけにフロントのお兄さんは「今日は満室だ。」と言う。
ダンナがその旅行会社の日本国内の支店、中国支店やホテルのフロントと交渉すること約2時間。
代金は旅行会社持ちで、唯一空いているビジネススウィ−トに宿泊出来ることになり、やっとチェックイン・・・やれやれ。

今まで『スウィ−ト』と名の付く部屋に泊まったことなんてなし、これからも一生ないだろうなぁ・・・・・・。
さっそく、あっちこっちのドアを開けてお部屋チェック!
まず、リ
ビングとベッドル−ムの両方にテレビがあるし、小さいながらもウォ−クイン・クロ−ゼットもあり、バスル−ムはガラス張りのシャワ−コ−ナ−とジャグジ−付きのバスタブ。
左の写真はビジネススウィ−ト宿泊記念写真。
もちろん、毎晩ジャグジ−を楽しみました♪♪♪

ホテルのバスル−ム

 ニュ−ス番組の中で上海からの中継というと必ず映る浦東は、今も開発が進んでいる地域。
その象徴のように建っている東方明珠(丸い珠がくっついている建物)には、東京タワ−のように展望台があり、上海の街が見渡せます。
テレビで見るたび『レトロな未来都市風(?)な建造物』で、「なに?これ〜!ダサ〜イ!」って思ってたからちょっと恥ずかしいけど、話の種に私達も上ってみました。
展望台は国内外からたくさんの人・人・人、展望台はお上りさんだらけ(これこそ、本当のお上りさん!?)。
この日は曇っていて遠くはかすんでいたけど、晴れていたら見晴らしが良いでしょうね。
 東方明珠の1/Fにある上海城市歴史発展陳列館は、昔の町並みを再現してあって、この手の博物館が好きな私としては、お勧めスポット。

浦 東

拙政園(蘇州)

周 荘

 タクシ−を拾って蘇州へ。
運転手に「蘇州へ行ったことがあるか?」と聞くと、「行ったことがあるし、よく知っている場所だ!」と自信満々。懐かしいテレサテンの歌が流れる車内は比較的きれいで、これなら長時間のドライブも快適そう♪
運転手の言っていることをよぉ〜く聞いてみると、行ったことがあるのは蘇州の工業区らしい・・・・蘇州の町は蘇州工業区のずっと先・・・・ぜんぜん違うじゃん!
途中、何度も道を聞きながら、どうにか蘇州の町へ到着。
周荘へも行きたいので、午前中に「拙政園」と「蘇州刺繍研究所」を見学して、昼食後、周荘へ出発することに決定。
タクシ−運転手は、ここ(拙政園の横)に車を止めて置けないし、私達が拙政園から出てきた時に会えるかどうか分らないから・・・・と、待っているのを嫌がっていた。
私達が 「昼ご飯を食べた後、周荘へ行く」と言うと、「レストランは何処だ?何時だ?」と、急に商売熱心な
運転手に変身!結局1時半にレストランの近くで待ち合わせすることにした。
蘇州から上海へ行くお客を探すより、私達を待って乗せて上海へ戻る方が確実に稼げるしね。

1時20分過ぎ、少し早めに昼ご飯を終えて店から出て来ると、買い物袋を下げた運転手とばったり・・・あまり期待していなかったから、ちょっとビックリ。なかなか良い運転手に当たったかも。
運転手曰く「レストランの前には駐車出来ないから、他の所に止めてある。ここで待っていてくれ。」と言い残し、走り出した。
見ていると、どんどん走って行って・・・・見えなくなった・・・・いったい何処に止めてあるんだろ?

《蘇州こぼれ話》
 拙政園の中を歩いていると、お爺さん(中国人)が写真を撮ろうとしているので邪魔をしないようにしていたら、お爺さんは私のダンナに「ここに立ってくれ」と言いながら、腕を引っ張って無理やりカメラの前に立たせた。
もっもしかして、このお爺さんはダンナの姿に創作意欲を掻き立てられた?????
と言うことはもちろん無く、お爺さんは私にカメラを渡し、ダンナを退かして自分が立ち、構図を細かく指示してからシャッタ−を押すように言った・・・・ダンナはピント合わせに使われただけでした。
拙政園の写真はお爺さんの写真の構図と同じように撮ってみました。

 周荘の水郷エリアに近づくにつれ道端で手を上げて何か言っている人達が増えてくる。
運転手によると、彼らは観光用の手漕ぎ舟の客引きで、(観光用の)手漕ぎ舟はぼられるから、乗るなと忠告してくれる。どっちにしろ、そんな時間は無い(ここでノンビリしていると、上海に帰り着くのが夜中になってしまう)から乗るつもりはないけどね。
 運転手は駐車場で待っている間に料金が上がらないようメ−タ−を止め、「おまえ達を信じているから、お金は上海に帰ってからまとめて払ってくれればいい。」・・・・う〜ん、太っ腹!

 上海への帰り道、渋滞がひどくてホテルへたどり着いた時にはもう真っ暗。お腹もペコペコ。
運転手さん、今日一日ご苦労様でしたm(_ _)m

 この日は、大上海時代広場の近くの東台路にある骨董街へ。
道の両側にたくさんの骨董屋が店を並べていて、
毛沢東や文革の頃の物が多くて、左の写真(中央やや右寄り)に写っているのは、毛沢東の横顔と労働者の絵のポスタ−。

 店先には、明らかに新しく作られたと分かる物からこれ何に使うの?という物まで、ごちゃごちゃと並べられていて面白い。
もしかしたら、この中に掘り出し物があるのかなぁ・・・・・。骨董品についての知識のない私には分かりませ〜ん。

 ある店ではアンティ−クの纏足(てんそく)靴がたくさん売られていて、刺繍はきれいだけど・・・・・持ち主の女性の痛みと悲しみがこもっているようで・・・・・・ちょっと怖い(~_~;)。
そう言えば、友達のお祖母さんが纏足(てんそく)で、その小さな足のすべての指は足の裏側に曲げられていたと言っていたっけ・・・・・・。

東台路骨董街

 

AsianMart−aakaatdii 店主     増田眞由美


TOPへ    長旅の息ぬきへ