とんとん拍子のお引越し


 香港に来てから2ヶ月半ほど過ぎた頃、学校にも香港の生活にも慣れてきたし、毎日聞かされる賛美歌の練習(「香港留学生活の始まり」をご覧ください)にもちょっとウンザリしていたので、アパートを探すことにしました。
私が住んでいたYWCAは家賃が安く、アパート探すといってもそんなに高いところは借りられないので、最初は漠然と「どこか、良いところがあればなぁ〜。」ぐらいにしか考えていませんでした。
 ところが探し初めてすぐ、学校の日本人の友達が自分の隣の部屋が空いていて、大家さんが「日本人に貸したい。」と言っていると教えてくれました。

 さっそく友達に連れらて見に行ったアパートはチムサアチョイ(Tsim Sha Tsui / 尖沙咀)にある雑居ビル。
 香港では、アパ−トの大家さんといってもアパート全部を所有しているのではなく、中の一戸だけを持っている人がほとんどです。
李さんというその大家さんも一戸持っていて、それを7部屋に壁で区切って貸していました。
李さんは2人のお子さんがいる30代後半ぐらいの主婦。なかなか感じが良く、親切そう。
 窓が有るのに昼間も電気を点けないと暗い部屋の第一印象は良くはないけど、近くにレストランも多く、ス−パ−マ−ケットが歩いて1分という便利さと、何よりYWCAの周辺より賑やかな雰囲気が私を呼んでいる・・・ような気が。
ここに決めようかな?と思っていると、なんと紹介してくれた友達が急に帰国・・・結局、友達が出て行った後の部屋に引っ越すことに。

 左の写真はアパ−トの入り口ですが、私が住んでいた当時はこんな立派(?)なドアなど無く、一年中24時間Welcome状態。
一応、入り口のカウンタ−にいつもおじさんが座っていて、管理人なのか警備員なのか・・・よく寝てたけど・・・。

アパ−トの入り口(2001年)

 
 すぐにでも引越ししたかったけど、3ヶ月以内に出るとYWCAの保証金が戻ってこないため、12月初めに引越しすることにしました。
荷物はス−ツケ−ス一つとダンボ−ル箱一つ、それとYWCAに入る時に買った枕とシ−ツだけなので、タクシ−を使えば一人でどうにかなりそうです。

 右は部屋の見取り図です。
2m×3.5mぐらいの部屋で、タイル張りのシャワ−室にはトイレも付いていて、シャワ−を浴びながらトイレ掃除も出来るという便利もの(?)でした。
 鉄製の簡易ベッドに薄いスポンジ製マットを載せたベッドがあるほかの部屋に比べ、私の部屋には大家さんの娘さんが使っていたというフランスベッドが入っていて寝心地は満点。
見ての通り部屋が狭いため、ベッドは寝るためだけでなく、ソファ−でもあり、イスでもあるので、ベッドのスプリングの良し悪しは、すご〜く重要な問題です。

 
 小さいながらも洋服が掛けられるクロ−ゼットもあり、その上にはテレビ、そして窓にはエアコンも付いているし、ドアのそばには壁掛け式の電話も。
シャワ−・電話は共同、エアコン・テレビなしのYWCAの部屋と比べると、一挙に生活水準上がったような・・・。
キッチンが無いというのが残念といえば残念ですが、旅行用の電気ポットは持っているのでお湯は沸かせるし・・・どうにかなるでしょ。

 

 窓が2つも有るのに部屋が暗いのはなぜなのか?
皆さんも
ご存知のように香港の看板は外壁から飛び出すように取り付けてありますよね。
雑居ビルである我がアパートの外壁にも、もちろん数個の看板がよく見えるように互い違いに取り付けてあります。
この互い違いというのが曲者で、一ヶ所にまとまって付いていれば隙間から日の光が入るのですが、互い違いに付けてあるため光が入る隙間がないのです。
互い違いの看板は、道を歩いている人にとっては見やすいのですが、そのビルに住んでる者ににとってはジャマ物。
 そんな看板も私にとって本来の利用法方以外に役に立つことが2つあります。
<その1>雨の日でも多少の降りなら看板の下を歩いていけば、傘がなくてもほとんど濡れずにすみます。
<その2>窓が空いていても雨が吹き込まない。
窓枠がねじれていて閉まらない窓があり、力ずくで閉めるとガラスが割れそうなので、そのままにしておいたのですが、看板が雨避けになって部屋まで吹き込むことはありませんでした。

 左の写真は香港の裏道です。
どの看板も「見て!見て!」という感じで『自己主張』してますよね。

香港の裏道(1999年1月)

 
  家賃は毎月大家さんが取りにきます。
文化生活が送れるようになった分、家賃はYWCAの倍近い2,000HK$になりましたが、周りのアパ−トに比べると格段に安かったですね。
あと、電気代(毎月100HK$ぐらい)を払いますが、電話は国際電話がかけられないものなのでタダ。
国際電話は、カ−ド式の公衆電話のあるところへ行かなくてはいけないのでちょっと面倒ですが、ほとんどかけなかったので、さほど不便は感じませんでした。

 香港に来るまで一人暮らしをしたことがなかったので、一人暮らしにはちょっと憧れていました。
YWCAは下宿のようだったから、これからが本当の一人暮らしの始まり始まり・・・・。


◆ミニミニ情報

 香港の市政局出版の「九龍街道命名考源」という本によると、九龍半島を縦断しているネイザン・ロ−ド(Nathan Road / 彌敦道)は、最初ロビンソン・ロ−ド(Robinson Road / 羅便臣道)と名付けられました。
その後、第13代香港総督サ−・マシュ−・ネイザン(Sir Matthew Nathan)の時に九龍半島は急激に発展し、その功績を記念して、ネイザン・ロ−ドと変えられました。
香港島にロビンソン・ロ−ドという名の道がすでにあったというのが、もう一つの理由だそうです。

 

AsianMart−aakaatdii 店主          増田眞由美

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