きっかけは一人旅(その3)



 北京から桂林まで列車で約31時間、「やっぱり、中国は広〜い」。
中国の列車では、『硬座』、『軟座』の2種類の座席と『硬臥』、『軟臥』の2種類の寝台があります。
もちろん、座席も寝台も『硬』よりも『軟』の方が上等で、私が乗った『軟臥』は2段ベッドが両側にある4人用のコンパ−トメント、服務員によるお湯のサ−ビスがあります。
私のベッドは下段、上段のベッドには、出発前に駅のホ−ムで情熱的な別れのシ−ンを見せてくれたイギリス人女性、そして向かいは日本人ビジネスマン2人。
 列車の窓から長江の流れや広い大地に沈む夕日を見たかったのに、桂林に着くまでず〜っと曇り。とうとう夕日どころか、一度もお日様を拝めず・・・残念。
渇水期のせいか長江も「大河」というイメージではなく、「えぇ〜、これがぁ〜?」と思っているうちに通り過ぎて、写真を写すのを忘れてしまいました。
どんより曇っていて、広い大地と山(時たま村落が現れる)ばかりの風景はセピア色(と言うより、黄土色)、写真はないけど17年経った今も私の中に鮮やかに(セピア色ですが・・・)残っています。
 「中国の列車はよく遅れる」という話を聞いていたのですが、予定より1時間早い朝6時の朝もやの中、桂林に到着。

 
 次の日、さっそく桂林メインイベントの「漓江下り」ツア−に参加する。
私が申し込んだのは、観光客7人ほどに英語が出来るガイドが一人付いているツア−でした。
私以外は欧米人ばかり、おまけにみんなカップルだったので、少し寂しかった・・・・。
今は渇水期なので、バスで楊堤まで行き船に乗ります。
 1艘の船に何組かのツア−客が乗り込み、奇岩が連なる不思議の世界へ出発!

漓  江

 
 時々、ガイドが「あの岩は○○に似ているから、○○岩と言います。」と説明してくれるけど、私にはそんなふうに見えたことはなく、頭の中には?マ−クでいっぱいに。
昔の人の創造力には、脱帽です。

 幻想的な景色の中、ゆっくりと船は進んでいきます。
遠くに連なる岩々の濃淡は、本当に水墨画の世界そのもの。
但し、似たような風景の水墨画はず〜と長い時間見ていると、ちょっと飽きてきます。
ほどほど、というのが良いのかもしれません。

漓  江

 
 
終点の陽朔で船を降り、街まではバスで戻ります。
マイクロバスに揺られウトウトしていると、「厠所(ce suo/ツァ−スオ)!」というガイドの大声に目を覚まして外を見てみると、ホコリだらけの道端にポツンと建っている壊れそうな小屋・・・・そう、ガイドが叫んだように、ここは公衆(?)トイレ。
@外見から中にどんなトイレがあるのか想像がつく。
Aマイクロバスがトイレのまん前に止まっているため、トイレの出入りは乗客の見物対象になってしまう。
というように、行きたくないという気持ちを倍増させるようなトイレだったので、その時、尿意を催さなかった私の幸運に感謝。

 香港留学時代の友人(男性)が、話してくれた中国トイレ話です。(お食事中の方には、読むのをお勧めしません。)
夏に中国旅行した時、彼が観光地の公衆トイレに足を踏み入れようとすると、なんだか床が動いているような・・・・・・・。
それで、中の暗さに目が慣れるまで入り口に立っていると、動いているように見えたのは、床一面を埋め尽くした大量のうじ虫だったそうです。
それを見た瞬間、尿意が吹っ飛んだと言っていました。
これらすべてがハエになるかと思うと、怖さも2倍。
さすがに、最近はこんなトイレは無いでしょう(と信じたいですね)。

漓  江

 
 北京動物園のパンダは薄汚れたガラスの向こうにいたのですが、ここ桂林では、鉄の檻と見学者用の柵に囲まれているだけなので、近くで見学できました

ちょうど、飼育係らしき人から笹をもらっているところに遭遇。
立ち上がった時の後ろ足がO脚で、なかなか可愛い。
パンダって、やっぱり『動くぬいぐるみ』よね。
ここでも、パンダの檻の前は見物人が少ない・・・・なぜ?

 七星公園の近くを歩いていると、譚(タン)さんというお爺さんに声をかけられました。
戦争中に覚えたのか日本語が堪能で、私が帰国した後も何度か日本語で文通しました。

桂林の七星公園


 桂林から飛行機で広州へ、広州で一泊した後ホバ−クラフトで香港へ。
ホバ−クラフトって初めて乗ったけど、上下動がすごい・・・・・ボ〜としていると下を噛みそう。
香港では雨の日が多く、夜景を見るツア−に参加した時も土砂降り。
せっかく撮った夜景も滲んで何だか解からない写真になってしまいました。

香港の海洋公園

香港の海洋公園(水族館)

 
 海洋公園(オ−シャン・パ−ク)に行った日も曇り時々雨。
イルカとシャチの芸を見せる海洋劇場は屋根があり、水族館は室内なのでお天気に関係なく楽しめました。
巨大な水槽の周りを
階段を下りながら見学する水族館をすご〜く気に入ったようで、たくさんのピンぼけ写真(水槽のガラスを通して動いている魚を撮るのは難しい)が残っています。
右の写真は水族館の一番上のフロア−で、階段を下りて真中のフロア−、そして一番下のフロア−へと順番に降りていきます。


 生まれて初めての海外一人旅は、こうして幕を閉じました。
右も左も解からない中国(おまけに、ひどい方向音痴)で、中国語も話せない私はとても不安な顔をして歩いていたのでしょう。
旅行中、お世話になった中国の方々が日本語が上手だったのは、私の心細さが本人が意識している以上に滲み出していたからかもしれません。
その後、香港留学中に一人で行った昆明で、「この土地の人か?」と聞かれたのは、不安感ゼロを通り越して馴染んでいたのかも?
兎にも角にも、この一人旅が中国語学習に目覚めるきっかけになったことは確かです。


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