きっかけは一人旅(その2)



 上海から飛行機で北京へ。
北京での滞在は、シェラトン長城ホテル近くの華都飯店。
街の中心地からはちょっと遠いので、ちょっと不便そう。
到着した日はみぞれまじりの雨が降っていて、さすがに上海より寒〜い・・・・。
次の日は、昨日のみぞれが嘘のような快晴。外へ出たら、やっぱり寒かったけど・・・。

 北京の空港でお会いした日本人とシンガポ−ル華僑のビジネスマンお二人は、偶然にも私のホテル近くのシェラトン長城ホテルにお泊り。
お二人はお仕事を兼ねての旅行中で、明日は世界遺産にも登録されている「明の十三陵」へ行く予定とのこと。
「明日はハイヤ−を雇うから、2人乗るのも3人乗るの一緒。」というお二人の優しいお言葉に甘え、ズ−ズ−しくご一緒させていただきました。

 当日は快晴、日陰はさすがに寒いけど、日向は気待ちよくて、行楽日和でした。

 「明の十三陵」は、その名の通り明の時代の13人の皇帝のお墓があるところです。
十三のお墓とは「長陵」「献陵」「景陵」「裕陵」「茂陵」「泰陵」「康陵」「永陵」「昭陵」「定陵」「慶陵」「徳陵」「思陵」。
この内、見学できるのは、「長陵」「昭陵」「定陵」 の3ヵ所。

明の十三陵

 この「明の十三陵」については、1997年に北京で出版された「京城怪事」という本に面白い話が載っていたので、ここでご紹介します。

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 13のお墓の屋根は、うわぐすりを使って焼いた屋根瓦がのっています。
13のお墓の内、12のお墓の瓦は黄色い屋根瓦を使っていますが、「永陵」の瓦だけが紅色です。
書物には何故なのか正式な記載はないのですが、民間にはこのような言い伝えが残っています。
 ある日、自分の陵墓の建設現場を視察に行った皇帝が、職人が焼いた瓦がすべて紅色なのを見て雷のように怒り、職人を全員殺してしまいました。
何故なら中国語では、皇帝の『皇(huang)』の字と『黄(huang)』の字は発音も声調も同じで、「黄色は皇帝の色であり、皇室に幸運をもたらす色」だったので、当然瓦の色も黄色と決まっていたのです。
次に雇われた職人が焼いた瓦も紅色だったので殺されてしまい、そのまた次も・・・そのまた次も・・・というふうに紅い瓦しか焼けず、そのたびにたくさんの職人が殺されました。
 いつまでも黄色い瓦が焼けないので、怒った皇帝は「もし、また紅い瓦を焼いたら、その職人を殺すだけでなく、9代先まで一族全部の財産を没収し首をはねる」という御触れを出しました。
命をかけて瓦を焼きに行く者などいない中、一人の若い職人が名乗りをあげました。
その若い職人が焼いたのも紅い瓦でした。
怒った皇帝に向かい、その若い職人は「『紅(hong)』の字
と『洪福齊天(無上の幸福)』の『洪(hong)』の字は発音も声調も同じなので、この紅い瓦は縁起が良い兆しです。」
皇帝の顔から怒りが去ったのを見て、若い職人は続けて「今の年号の『嘉靖(jia jing)』は、財産が無くなるという意味の『家尽(jia jin)』と似ています。私達が紅い瓦しか焼けないのは、邪気を払い、赤々と燃える火のように国を繁栄させるという吉兆ではないでしょうか。」と言いました。
これを聞いた皇帝は喜んで、すべての職人に褒美として土地と銀貨を与えました。
それで、「永陵」の瓦だけが紅色なのです。


 見学しているうちにトイレに行きたくなり、明の十三陵の敷地内のトイレに入る・・・・・・暗〜い。
電気が付いてなくて、唯一の明かりは壁の高いところの窓(と言うかコンクリ−トの壁を切り取った穴)から入ってくる光だけ。
よ〜く目を凝らすと、結構広〜い。日本の観光地のトイレなんて目じゃないよぉ〜と思いつつ、もっとよ〜く目を凝らすと、たくさんの仕切り(高さが天井まで無いので、あくまで「仕切り」)が見える。
その仕切りの間に浅い溝があり、それが便器?・・・・ということは、壁と仕切りでコの字型に区切られたところが、いわゆる個室・・・・・。
便器は、壁に沿って掘ってある溝とつながっていて、溝には水が流れている。
出した物は、そこを流れていく仕組み(これって自動水洗?)になっているらしい。
開放的な個室(?)で用を足しながら、「合理的な構造だけど、ドアぐらい付けて
欲しいなあ」と思いました。
冬で観光客も少なかったせいか、私の使用中に他の人が入ってこなくて広〜いトイレを貸し切り状態、これも一種の贅沢かも??
ちなみに使用方法は
、構造上もちろん水が流れている溝を背にして、ドアのあるべき側に向いてしゃがみます。

 天安門広場は、テレビのニュ−スで見るよりも広くて立派、他の通りと違って街灯もたくさん設置されてるし。
観光客もたくさんいて、長方形の箱にレンズが2個縦に並んで付いた2眼レンズのカメラで写真を撮っていました。
しばらく見ていて気がついたのですが、風景だけを撮っている人はいなくて、必ず人物入りの写真を撮っています。
当時は、まだカメラやフィルムが高かったので、風景だけを撮るのはもったいないと思われていたのでしょうか?
それとも、ただ単に人物写真が好きなだけ?

天安門広場

 
 お土産を探して、友諠商店だけでなく街中のお店にも入ってみました。
どのお店も寒さを防ぐために、入り口に綿の入った大きな布団のような物をドアの代わりに掛けていて、店はいる時は布団の隙間から出入りします。
外との空気の流れが遮断されているので、お店の中は結構温かいけど・・・・人いきれでちょっとクサイ。

 動物園での一番人気は、絶対パンダ!っと思いきや、意外なことに、猿。
パンダの檻の前は閑散としていて少し寂しい感じ、仲間は日本で大人気なのに中国では珍しくないからかな?
日本では、まるで動かない剥製状態(?)のパンダしか見たことしかなかったので、パンダが意外と活動的なのには、驚き!

ジ−ンズにジャンパ−姿、いかにも日本人の私は、動物園の動物より珍しい存在らしく、どの人も動物を見た後、私を見ていく・・・・もしかしたら中国ではパンダに勝った!?

北京動物園(パンダ舎)

 
 当時はまだタクシ−の数が少なくて、タクシ−(と言うよりハイヤ−)に乗れるのは、ホテルや街中のタクシ−乗り場(タクシ−が少ないので、行くだけ無駄)ぐらい。
イス取りゲ−ムが苦手で、電車の席取りに参加さえ出来ない私が、押し合いへし合いしているバスに乗るなんて、とても無理、中国旅行中はひたすら歩きました。
ちなみに、私の泊まった華都飯店から北京動物園まで、直線距離で片道約9km。
自慢じゃないけど、方向音痴の私が目的地まで真直ぐ行けるわけがなく、地図を片手にあっちへウロウロ、こっちへウロウロ、一日の平均歩行距離は20kmぐらいになったでしょうか。
ホテルに帰ってくると、足はパンパン、頭は砂ぼこりでジャリジャリ・・・・疲れた私を待っているのは、お風呂の蛇口から出てくる茶色いお湯、さすがにバスタブに入る気はしないのでシャワーのみ使用。
まあ〜、熱いお湯が出るだけでも極楽極楽。

 次回「きっかけは一人旅(その3)」は、北京から桂林へ行きます。お楽しみに!

 

AsianMart−aakaatdii 店主          増田眞由美


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